アジアの旅 ~ミャンマー編~

アジアの旅 ~ミャンマー編~

 

 

ミンガラバー(ミャンマー語の挨拶)2016年アジアの旅は正式民主化目前の

 

ミャンマーに行って来ました。

 

 

日本からは最大都市ヤンゴンへの直行便もありますが、少し航空運賃を節約して

 

タイのバンコクを経由して空路ヤンゴンへ入りました。

 

今回ミャンマーを訪ねるにあたってインターネットやガイドブックでにわか勉強

 

をした事を少し紹介します。

 

 

☆首都はネピドーです、2006年まではヤンゴンが首都。

 

☆面積は日本の約2倍、人口は日本の約1/2分かり易いですね。

 

☆第二次世界大戦中、日本が統治。

 ※台湾もそうですが、現在はありがたい事に親日の方が多いようです。

 

☆軍事政権/アウンサン・スー・チーさん21年間軟禁。

 

☆仏教国(国民の約90%)で数多くのパゴダ(仏塔)

 

この程度の予備知識で観光のスタート。

 

まず初めに驚いた事ですが車は日本と反対の右側通行なのに、ほとんどの車が

 

右ハンドルです、それには理由があって日本の中古車がかなりの台数輸入されている

 

との事です。

 

 

 

まず空港近くのお寺で僧侶の食事風景を見学、若い僧侶が目立つのですが一番若い

 

僧侶はなんと5歳。

 

この食事時間は午前11時、これ以降は食事が出来ないそうです。

 

 

 

 

 

我々も昼食を取ってヤンゴン観光のハイライト【シュエダゴン パゴダ】へ

 

高さ約100mの仏塔で、時間帯によって美しく変化します。

 

ヤンゴンの人々は家族で1日中祈りを捧げるそうです、下世話な私はこの黄金(シュエ)の

 

パゴダに、つい宝くじが当たりますようにと祈ってしまいましたが、ミャンマーの人々は

 

平和・健康・家族の幸せだけを祈るそうで、少し恥ずかしくなりました。

 

 

 

 

 

2日目ヤンゴンから国内線に乗って仏教の三大聖地の一つバガンへ。

 

久しぶりのプロペラ機と機内自由席に少し不安を抱えながら機内へ、

 

1時間の飛行時間でしたが機内食は出るしCAさんは美しいしアッと言う

 

間にバガン空港到着。

 

 

 

 

 

行く前にこのバガンの景色は絶対に合成写真だと疑っていましたが、

 

本当に2,000を超えるパゴダに圧倒されてしまいました。

 

 

 

 

 

 

3日目ヤンゴンに戻り車でビルマの竪琴の背景になったと言われるバゴーへ。

 

この大きな涅槃仏の耳に水島上等兵が隠れたと言われています。

 

ヤンゴンを離れて感じた事ですが、ヤンゴンはシンガポールのような綺麗な街ですが

 

バゴーに近づくにつれ貧富の差を感じてしまいました。

 

 

 

 

4日目ヤンゴンから160km離れたチャイティーヨ(ゴールデンロック)へ

 

約4時間かけてようやくたどり着いたベースキャンプからこのトラックの荷台

 

に乗って40分山登りです、ミャンマーの人々は忍耐強いです。

 

 

 

 

 

 

今回は金箔の張替の為、ゴールデンロックは見えませんでしたがこのロックが

 

落ちそうで落ちない不思議なロックなので姪っ子の為に受験のお守り的なものを

 

ゲット。

 

 

 

 

 

修復前の画像

 

 

  

 

 

 

 

 

帰りはまた4時間の移動ですが、途中でお母さんにザボンをむいてもらい元気を

 

取戻しました。

 

 

 

 

 

最後にアウンサン・スー・チーさんが21年もの間、軟禁されていた場所を紹介

 

します。

 

ガイドさんに、どこからが苗字でどこからが名前とたずねたところ、

 

アウンサン(ミャンマー建国の父の名前)スー(本人の名前)チー(母の名前)

 

と教えていただきました。ちなみにミャンマーにはFAMILY NAMEは

 

ないそうです。

 

 

今回の旅の感想ですが、多くの日本人は軍事政権が長く続いたミャンマーを

 

怖い国という印象を持っていると思います、今は正式な民主化に向けて

 

平和で穏やかな国を目指している印象です。

 

それと日本が統治していて、さぞかし日本への印象は悪いと思っていましたが、

 

今のミャンマーがあるのは戦後良くしてくれた日本のお蔭ですと思っている人が

 

多いようです、有り難い話しですね。

 

又、行ってみたい本当にいい国でした。チェズバー(有難う)

 

                          鈴木 旅人